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月代から考えたこと。

月代(侍の髪型)は磯野波平さんに代表される
中高年のてっぺん禿げをベースに考案された
ヘアースタイルだという話で思ったことですが…。
現代の日本…。
その流行のターゲットは若者、いわゆる
10代後半から20代までの世代が中心でした。

戦後の復興から
高度成長時代と共にベビーブームの到来で
戦争中、戦争後の貧しさ・苦しさを体験した親の世代が
同じ思いを子供達に味あわせたくないという親の願いが重なり、
子供達には何かと物質の豊かさを与えてきたために
その子供達は消費社会の中で育ちました。

更に戦中から戦後へと
国としての体制が政治的に大きく変わったのをきっかけに、
文化・生活習慣・嗜好に関しても
古いものは皆駄目で、新しいものは全て良いという風潮が社会に広がり、
次々現れる電化製品や新しい生活のシステムを世間に浸透させてきました。
教科書に塗られた黒墨や、現人神天皇の人間宣言等、
戦前戦中に物心付き若い時代を過ごした中高年ほど
今まで信じてきたものが根底から覆され、否定されて放心の体となったり、
過去のものが信じられなくなっていました。

以降、日本では新しいものを追い求め、
好奇心旺盛な若い世代を中心に現在の文化を創ってきました。

これは、江戸時代から明治にかけての自然な変革では無く
(例え黒船が来たとしても武士以外の
一般庶民には過去を否定されはしなかったから。)
中高年の人間を含めた過去を全て捨てての変革でした。
中高年の世代が「昔は…」と言おうものなら、
若い世代が「そんな古臭い話、もう時代遅れなんだよ。」と一蹴されました。


そしてこれから…。
ベビーブームは過去の物となり、今や少子化が国会でも問題となっています。
いまや大量消費を見込めた若者の絶対数がドンドン減っていくわけです。
そこに来て第一次ベビーブームの人々の定年の時期。
小さい頃から消費社会で育ちながらも大量消費する若者を横目で見ながら
必死で働いてきたこの世代がいよいよ自分も楽しんでも良いじゃないかと
少しづつ動き始めました。

しかも今度の中高年は、戦後という意味で同じ文化的価値観の中で育った中高年。
かつては消費社会の若者だった頃の彼等の好みや文化は
今の若者文化の原点にもなっています。

プロレス・ボクシングからK-1・パンクラスへ。
ビートルズからHIPHOPへ。
鉄腕アトムからガンダムへ。
王・長嶋からイチローへ。
西部劇からスターウォーズ・マトリックスへ。
同じ価値観の中での昔の話は
若い世代にも受け入れられやすく
先輩として話の中にも入れます(個人差はありますよ^^)。

さて…これから消費のターゲットは
徐々に大人に戻っていくだろうと思っています。
30代以降の独身女性や定年後の夫婦が既に注目されています。
文化に限って言えば成熟した社会の特徴です。

親は浪曲、子供はロックという文化的親子断絶の時代を超えて
親子が同じ物を楽しむという時代が来ました。
しかも、これからの大人は侍や着物などの日本古来の文化も
政治的トラウマに囚われずに古来からの新しい文化として
取り入れる人々も現れました。
もちろん、まだまだ子供の嗜好に左右されている向きもありますが、
そのうち「早く大人になりたい」と子供が言うような
魅力ある大人の文化が、これから創られていくのかいかないのか。
これから楽しみです。

ま、倒錯や退廃的文化も成熟社会にありがちな特徴ですが(苦笑)。

comment

Secret

sakasaiさんへ

母語の教育ですか。難しい問題ですね。
確かに日本語の用いる発音の種類は他の言語と比べても少ないので、早くから耳を慣れさせるという意味では、早い段階の外国語教育もありかと思います。ただ学校の授業って言うとすぐ受験に繋がってしまうのが日本の悪いトコロなので、それでは本来の目的がずれてしまうと思うのです。外国語の音楽を毎日聞かせたりするだけでも、子供は驚くほど吸収すると思うのです。
さて、日本語に戻りますが、美しい日本語を学ぶ事は現在の学校では無理があるように思えます。まず教師が美しい日本語を話していない。かといって教師を徹底的に矯正して画一的にしすぎるのも、方言の絶滅につながり逆に良くないと思います(私は方言は大切にしたいと考えているからです)。
言葉はまず、正確に伝えられるかが最も重要です。その次に自分がカッコいいと思える身近な人間が話す日本語が美しいと感じた時、その人は美しい日本語を話し始めるでしょう。
つまり私達大人が美しい日本語を日常で使う努力をしなければ、どんなに学校で教えても「古典」や「漢文」と同じで現代からは消えてしまうのだと思います。

明治の人(祖母に限ったことかもしれませんが)は、しっかりした文化的基盤ができているんです。その上で新しい物に接するのでどんなものでも楽しめてしまうんです。
厳しい中にも大らかさを持った教育を受けていたんですね。
祖母は現代に生きる私と較べて日本語力が素晴らしい(私は平均より劣るんですが)。
母語がしっかりしていることが全ての基本なのかなぁ~などと感じています。
母語が確立しないうちに中途半端な外国語教育に走っている親御さん達の日本語力っていかがなものだろうか?
音を失わない努力は好きな海外作品それこそ金庸を見るとか西洋物を見聞きするとかでも結構いけるのにね。

sakasaiさんへ

なんだろう。
もちろん個人差はありますと断った上での話しですが…。
明治・大正生まれの人に比べて文化的に
新しい潮流や流行といった物について拒否反応が強いですよね。食わず嫌いというか…。
新しいものを受け入れるという事は過去を否定する事だというトラウマなのでしょうか?
意外と明治・大正世代の方のほうが今までの好みプラス新しいものとして、スッと受け止める感じがするのですが…。
(あくまで好みはありますよ)

私の親は戦中派、同級生では少数派でした。
団塊の世代は夫、夫と同じく私に大きな影響を与えた祖母は明治の人です。
この3者時代背景が決定的に違うのですが夫と祖母に共通点があります。
それは、つまらないことでも楽しむ心の余裕と教養です。

両親の場合戦争とその後の混乱の中で育ち社会を歩いた影響なのでしょうか?ある意味あってもなくても生きていける行儀?とでも言うものがありません。文化教養についても同じ。
バイタリティーはありましたが どこか余裕がない。
大人から守られる時期が極端に短かったのですね。

明治生まれ東京育ちの祖母は違います。
女学校で国際文化に触れ、家ではまだ江戸の名残があり、しっかり大人に守られる時期を過ごした、なんとも豊かな人間性を持っていました。

戦争というものはむごいもので祖母の豊かさがその子供(私の親)には伝わっていないのです。
少しずつ成熟社会へ向かう矢先またまたきな臭いにおいがしてきています。
団塊の世代にはもう少し考えて欲しいのですが・・・。
夫曰く「学生の頃から大方はなぁ~ンにも考えないやつらだった、マスとはそんなもんだ」ですと。
数は力という古い労働組合の合言葉を思い出します。
その力は、どこへ向かうのでしょうか?
と「新人類」と筑紫哲也に名付けられ、頼りない40代といわれる86年組みは思うのです。

なんだかポイントずれずれのコメントだね。
プロフィール

どぅいちゃん

Author:どぅいちゃん
『射雕英雄伝』を見て武侠の世界に嵌りました。
パパこと東邪・黄薬師に心を奪われ、それ以来武侠の「イカレオジ専」担当です。
リアルな武侠仲間がいないのを憂いて、ゲリラ的に武侠布教活動を行っております。

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